大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成4年(行ツ)96号 判決 1992年10月06日

上告人

渡辺孝

右訴訟代理人弁護士

徳永豪男

大櫛和雄

被上告人

大阪西労働基準監督署長安藤義道

右当事者間の大阪高等裁判所昭和六三年(行コ)第三八号行政処分取消請求事件について、同裁判所が平成三年一二月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人徳永豪男、同大櫛和雄の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、いずれも相当なものとして是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成四年(行ツ)第九六号上告人渡辺孝)

上告代理人徳永豪男、同大櫛和雄の上告理由

原審(第二審)判決は、鑑定等必要な証拠調べ・審理を尽さず、本件原処分当時の上告人(第一審原告=本人訴訟=第二審控訴人)の症状を固定としたうえで、第一審判決同様、証拠ならびに経験則を無視して、上告人の障害等級を低く認定した原処分を追認するの誤りをなした。

社会の下積みにあって、真面目に、労働し、生活し、治療してきた上告人の裁判を受ける権利=憲法三二条は軽んじられ、憲法三一条の定める適正手続は保障されたものとはいえないのである。

しかも、上告人は本件労災事故に遭う前には、身体を前屈して足下に手が付く(<証拠略>)ほどに、健康でもあったのに、原審(第二審)判決は、第一審判決同様、上告人に高齢、加齢に基づく変形性脊椎症がある(本件労災事故当時五六歳)ことを強調して、上告人の治療過程と痛苦を無視して、いわば切り捨ての判断をなしたというべきものがある。

真面目に労働し、労災事故に遭遇し、治療努力を続けてきた上告人の、なお呻吟する生存権を憲法二五条に反して、ないがしろにするものがあり、このような下積みの社会的弱者、労働者の生存権切り捨て(労働者災害補償保険法適用上の重大な誤り、杜撰)の容認は、正義ならびに司法の品位という点からも黙過することはできないのである。

わが国では、農、漁、林業の第一次基幹産業、あるいはいわゆる三K仕事に高齢者の就労する割合は高い。

わが国社会福祉と社会的弱者に対する処遇の改善は、国ならびに社会の必要な責務でもある。

また一方、戦前からの童謡に、「村の渡しの船頭さんは、今年六十のおじいさん、年は取ってもお舟を漕ぐときは、元気いっぱい櫓がしなる~」とも唱われ、戦後は平均寿命が伸長し、鍛えられた足、腰、頭脳は六〇才を越えても、若者を凌ぐ場合が少なくないのでもある。本件一、二審判決こそ、退行的であり、症状、障害の主因を素質、加齢、退行性変化に安易に求め、労働者を切り捨てるものがあって、法的正義に背馳するものといわなければならない。

一 原審(第二審)判決は、原審第一回、口頭弁論期日における上告人(控訴人)の一九八九年七月四日付準備書面(一)の一の1の主張、ならびに同第三回の同年一〇月一七日付準備書面(二)の二の1の<1>の主張、すなわち、上告人の症状が、本件原処分当時、未だ治癒固定したものといえないとの主張に対して、事実(第二、当事者の主張)摘示欄にも理由のなかにも一切、判示しないでいる。

右は民事訴訟法一九一条一項二号三号に違反し、同法三九五条一項六号所定の判決に理由を附さないものであり、同法四二〇条一項九号にいう判決に影響を及ぼすべき重要なる事項につき判断を遺脱したものというべきものである。

本件第一審で、訴状を司法書士に作成してもらい、本人訴訟をしていた上告人(控訴人・第一審原告)の第一審本人調書にも、「監督署もうるさく云うから、打切られた」旨の記載がある。

上告人が本件原処分当時以後も、懸命の治療努力をつづたけことは、(証拠略)以下、原審でようやく記録取寄せ採用された加納病院の入・通院カルテ(<証拠略>)や多数のレントゲン写真にも示されている。

二 次に原審(第二審)判決は、その四枚目裏で、脊椎の癒合=六行目、その五枚目表三行目で融合、その五枚目裏七行目で癒合、その一二枚目表三行目と七行目で、融合と述べる。

2(証拠略)で融合とあるのは、臨床医において癒合とも表現されているから、原審判決が、労災保険法施行規則別表第一の障害等級表に定められている障害等級の認定に際して脊椎の癒合又は固定と判示する一方で、脊椎の融合とも述べていることについては、さして大きな問題があるとまではいえないであろう。

問題なのは、原審(人証略)も一応認め(<証拠略>)(証拠略)のカルテ=一審記録154丁=にもX線上明確に癒合ありとされていて、右カルテ153丁及びその他医証にも腰部屈曲制限著明ともあるのに、右の明白な証拠を無視ないし看過してまで、原審判決が、原処分当時、上告人(控訴人)にこうした脊柱の融合や強直あるいは背部軟部組織の明らかな器質的変化のあったことは認められない、としたことである。

右の点は、民事訴訟法一八五条に違背し、上告人(控訴人)の再三の鑑定申出をも排斥しているだけに審理不尽でもあって、到底、適正・適法な審理、判断をしたものということができないものである。

三 さらに、原審判決は、その三枚目裏一〇ないし一二行目で、上告人の主張を、原処分が、運動可動域についての検査を全くしないまま、運動障害がないと判断をしたことが不当であるというように、運動制限について検査の欠缺に矮小化しているのも判断遺脱、理由不備というべきものであり、経験則にも反する。

上告人(控訴人)は、原審第一六回口頭弁論の一九九一年七月九日付準備書面その二において、単なる骨の器質的変形のみでなく周辺軟部組織をも含めた器質的障害ないし神経系統の障害についての必要で、合理的な検査測定を一切なさずにおいて、した原処分の違法不当、不公正を主張しているのである。

また、上告人(控訴人)は、その他の準備書面でも骨シンチグラフや、MRI検査についても主張しており、重要事項である。

上告人(控訴人)の場合、本件労災事故による第一二胸椎の圧迫骨折があったことに争いはないのであり、このような脊椎の損傷は、ほとんどの場合、周辺組織の損傷と合併しており、非常に高い頻度で脊髄も同時に損傷を受けるものであること(<証拠略>)は医学常識、経験則ともいうべきものであって、これを単なる退行性、経年性脊柱変形と同視することはできないのである。

大阪労働基準局から委嘱を受けた(人証略)は、上告人に対する二〇分前後の検診で、事故・負傷態様についても杜撰な把握であり、右医学常識にも反して<証拠略>のカルテの部分脊髄損傷とあるのを根拠もなく否定しようとしたり、退行性変型を強調したりするなど、(証拠・人証略)は、科学的で公正なものということはできないのである。

同証人は、上告人検診当時に「レントゲン写真はちょっと記憶が、多分なかったんじゃないかと思いますけれどもね」と云い、(<証拠略>)また、(証拠略)作成当時、上告人の加納病院での入・通院治療(<証拠略>)のカルテやレントゲン写真などは見もしなければ照会もせず、上告人本人に会うこともしないままレントゲンを経時的に見る必要を述べつつ(<証拠略>)レントゲンを経時的に正しく見たともいえないのである。もっとも同証人でさえ癒合は認める―(<証拠略>)。

要するに、(人証略)も一応認める骨のシンチグラフィやMRI(磁気共鳴映像法)等の検査(<証拠略>)や自律神経障害についての正しい診断(<証拠略>)、日常生活動作への把握など一切なされず単に痛みからとのみで運動可動域制限の測定さえせずになした原処分の違法、不当、不公正を、同様に、鑑定、検査もなしに追認した原審判断は司法の最低限の職責をさえ放棄するものといわざるを得ないのである。

四 原審判決が、一審判決の語句など補正しながら、その八枚目裏一一行目、一〇枚目裏一〇行目に第一二頸椎圧迫骨折などと判示するのも誤りである。

人間の頸椎は一二個もない(<証拠略>)し、上告人は頸椎骨折と主張もしていない。

人間誰しも誤りがあり、原審判決文中第一二頸椎圧迫骨折とあるのは誤記であると解さざるを得ない。

問題なのは、右の誤記が、上告人(控訴人)において、何か第一二胸椎圧迫骨折が、頸部の痛みの原因であると「特定主張」しているかのように判示した上で、右架空ともいうべき「特定主張」に対する説示として述べる判決文の箇所(<証拠略>)にまず出現している点である。

首の骨の圧迫骨折など生命に関わるであろうし、頸椎ではX線像でも異常所見を呈しないが、経過を追って観察すると、損傷部位がわかることがあり、CT検査の有用もいわれ、また初期治療のきわめて重要なことが説かれているのでもある(<証拠略>)。原審判決は、不要ともいうべき判示の中で、右誤記をしたうえで、一審判決さえもが認め、<証拠略>のいずれのカルテにも頸部痛と明記されている(<証拠略>)のに、原審判決七枚目裏一〇行目で頸部痛を削除しているのである。

ここにも、原審判決の証拠無視、経験則違背、不公正が、如実に示されている。

また、原審判決は、その一〇枚目裏において、一審判決文の訂正、追加を詳細にしながら、前記誤記=第一二頸椎圧迫骨折に、再度及んでいるのであり、単なる誤記として済ますことができないものがある。

というのは、原審判決は、その一〇枚目表の一二行目~一三行目で、「上告人(控訴人)の主張する頸部に関する症状については、本件受傷との因果関係を認めることはできないといわざるを得ない。」を結論づけており、取寄記録中の(証拠略)のカルテ記載頸部ホットパック、牽引についても、頸椎レントゲン写真(加納病院からのものは、整形外科、内科合わせて計八七枚)のただ一枚についてさえも顧慮することなく、専門的知見もなしに、右誤記を基に右結論を導出しているからである。

これでは、判決に理由を附さず、理由に齟齬あるもの(民事訴訟法三九五条一項六号)ともいわざるを得ないのである。

五 以上のように、一審ならびに原審判決は、破毀されるべきものであるが、上告人(控訴人)の症状固定とするとしても、その障害の程度を第一二胸椎周辺部の疼痛に限定し、その疼痛の程度は、結局、障害等級第一二級一二の局部に頑固な神経症状を残すものにとどまるとした点にも、重大な証拠無視、経験則違背、審理不尽(鑑定申出不採用)があるものといわなければならない。

1 前記二、三に述べたとおり、部分脊髄損傷、第一二胸椎周辺部、軟部組織をも含めた器質的障害ないし神経系統についての必要で合理的検査が上告人に対する原処分当時も、一、二審口頭弁論終結当時も一切なされていず、原審で取寄せられた加納病院のカルテ、レントケン写真について専門的知見を徴することも一切、なされなかったのである。

2 既述のとおり、脊椎損傷は、ほとんどの場合周辺組織の損傷を合併しており、非常に高い頻度で脊髄も同時に損傷を受けるものであって、上告人の頸部、並びに第一二胸椎付近の合併損傷は強く推認されるところである。

(証拠略)にも脊髄損傷、減圧症の場合についての合併症状の多彩であることと、障害等級認定にあたっての症状分析を基礎とした綜合的判断の特に必要なことが述べられており、(証拠略)でも運動障害、知覚障害、自律神経障害等が記載されている。

3 上告人の場合も首筋から背中にかけて、第一二胸椎(第一腰椎と接する。(証拠略)の一のカルテにも触れている。)付近の運動制限と疼痛が基軸、中心的とはいえ、その疼痛と機能障害は単なる主観的なものなのではない。

一審判決ならびに原審判決は愁訴とも表現するが上告人の場合にも生じた、多彩の合併症状をも軽視するものがある。

4 まず、右足、右下肢痛、しびれ(<証拠略>)については、被上告人(被控訴人)の一九九一年八月二七日付第五準備書面でも後遺障害のひとつとして認め、一審判決、原審判決ともに、歩いたり身体を動かした際の右足首の痛みと判示する。

ところが、腸管、尿路機能障害については、一審判決、原審判決ともに(証拠略)でも示される医学常識や加納病院での治療経過(<証拠略>)もみずに受傷との因果関係を否定し、完全に治癒もしているとした。

頸部捻挫、頸部痛については、前述のとおり主要なものでないとして初期治療がよくなされたかこそが吟味されるべきでもある。

5 後遺障害のあらわれのひとつである胸痛を単に肋間神経痛又は上部腰神経の関連痛としての腹の筋肉のしびれ(<証拠略>)と判示するのみでは、右腸機能障害(一審一九八七年六月八日付本人調書231丁ウラに腹の調子も悪いとある。)等についても部分的で矮小化した認定となり、そもそも、合理的で必要な検査所見もなしに、神経系統や周辺軟部組織の損傷、機能障害、器質障害もないとすることにみられる主観的、恣意的判断のあらわれというほかはない。

非科学的で経験則違背の不公正判断である。

6 以上、要するに、上告人の後遺症状、障害は、第一二胸椎付近=局部の疼痛のみなのではない。多彩に合併症状も出ているのであって、変形性脊椎症=それも多分に加齢による退行性=に通常随伴するなどして本件労災事故による負傷と相当因果関係にある症状障害の程度を原処分、一審判決、原審判決のように検査、鑑定もせずに経験則に反して軽視することは許されない。

7 原審判決は、第一二胸椎圧迫骨折の後遺障害として脊椎から腰にかけての痛み、右足首の痛み、肋間神経痛又は上部腰神経の関連痛としての腹の筋肉のしびれるような痛みなどと述べて頸部痛は削除した上で上告人の身体の前後屈の場合についてひどく痛むがとは(ママ)するのみである。

(証拠略)の左屈、右屈、左回旋、右回旋、運動範囲などには一顧だに与えず(証拠略)353頁の日常生活動作等など専門的所見を求めようともしないのである。

そして、上告人(控訴人)の主張や、(証拠略)等を無視するかの如く、上告人においてベニヤ板の運搬作業等が可能であったことをもって、「労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のため、ある程度差し支える場合があるもの」に該当するとした。

上告人は、一九八七年一〇月八日加納病院を退院してのち、通院、治療しつつ、通常の労働はできないが、同年一一月に入って、二、三人でするベニヤ板の片付け仕事に三日間従事したのみであり、二人一組で運搬していた。

痛苦を圧しての精進、努力であった。

前歴、前科等全くなく、大人しい上告人であった。

上告人は、日雇労働者であるが、真面目に生活し、治療努力をしてきたのでもある。<証拠略>

原審判決には、治療とリハビリと生活のために真摯に努力、苦斗する下積みの労働者・上告人に対してあまりにも酷なものがあるといわざるを得ない。

原審での再三の鑑定申請を却下しての上述した違法不当な原審判決は一審判決同様破毀されなければ著しく社会的司法的正義に反するものと思料する。少なくとも原審へ差戻されるべきものである。

以上

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